大判例

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名古屋高等裁判所 昭和38年(う)734号 判決 1964年3月25日

弥富町議会議員

加藤佐七

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人堀部進作成名義の控訴趣意書の記載のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

控訴趣意の要旨は、

一、被告人は、原判示のとおり、弥富町立中学校増築委員会の委員長であつた。しかしながら、右の増築委員会は、地方自治法第一一〇条所定の特別委員会すなわち弥富町議会委員会条例第四条所定の特別委員会にあたらず、右増築委員会の委員長は、刑法上の公務員でなく、その委員長の職務は、公務に属しない。故に仮に被告人が原判示のように土木建築請負業者大伸工業株式会社の取締役吉川吉治より増築委員会委員長の職務に関し現金および小切手を各収受したとしても、その各所為は、いずれも刑法第一九七条第一項前段の収賄罪を構成しない。

一、次に右の条項にいわゆる「公務員の職務に関し」という文言に「公務員の職務と密接な関係のある行為に関し」という趣旨をも包含させて、同条項の拡張解釈をすることは、罪刑法定主義を採用する憲法に違反する。

一、なお、本件の現金の授受は、消費貸借契約にもとづくものであり、小切手の受領は、大伸工業株式会社が融資を受け得るように被告人が同会社のために銀行に交渉をしたことの報酬として受け取つたのである。この点からみても、いずれも収賄罪とならない。

というにあり、結局において、原判決に判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤ないし事実の誤認があると主張するものである。

所論にかんがみ、記録を精査し原審の取り調べたすべての証拠を検討し、<証拠>を総合して考察すると、

一、愛知県海部郡弥富町の弥富町議会委員会条例は、その第一条ないし第三条において、同町議会に総務常任委員会、文教常任委員会、土木常任委員会および厚生産業経済常任委員会の四個の常任委員会を置き、その各委員の任期を二年とし、文教常任委員会は、教育に関する事務の調査およびその議案、請願、陳情等の審査を掌り、土木常任委員会は、土木治水に関する事務の調査およびその議案、請願、陳情等の審査を掌る旨を規定し、第四条において、特定の事件を審査するため必要がある場合において、議会の議決で特別委員会を置く旨を規定し、第五条において、常任委員および特別委員は、議長が会議に諮つて指名する旨を規定している。

一、被告人は、昭和三一年三月以来引き続き弥富町議会議員に就任しており、特に昭和三五年三月以降は同議会議員として前記土木常任委員会委員をして来たものである。そして同町においては、昭和三五年一二月から審議の結果、昭和三六年二月上旬同議会の議決を経て同町立中学校の第三期工事として同校々舎の増築をすることに確定し、したがつて同町長においてその増築工事を施行することとなつた。しかるところ、昭和三六年二月一〇日後記のような従来の慣例に従い、右増築工事の施行につき、同町長の提案嘱託にもとづき、町長の諮問機関として、同町議会議員の全員と同町教育委員会委員の全員とをもつて組織しかつ後記の職務に従事することを目的とする中学校増築委員会を組織することとなり、同日町議会議員の全員協議会において、右の増築委員会の組織を可決し、町教育委員会委員の全員もまたこれに同意し、こゝに右の中学校増築委員会が成立し、同日たゞちにその増築委員会が開催され、その各委員の互選により、被告人が同委員会の委員長に選任された。そして同委員会は、町長の諮問に応じて、右の増築工事に関し、設計図、工事請負の競争入札に参加すべき土木建築請負業者の指名、入札価格(予定価格および制限価格)、入札の立会、工事の監督検査等について審議をして同委員会としての意見を取りまとめ、これを町長に答申する職務を執行することとなつた。そして以後同委員会は、しばしば会議を開催して、右の職務を執行して来た。

一、そして同年四月一二日に開催された右の増築委員会は、町長の諮問に応じて、町長が諸種の資料を提出したうえ候補者として提案した約三〇名の土木建築請負業者について種々審議選考をなし、その結果、そのうちから、大伸工業株式会社、河村産業所等合計八名の業者を右の入札に参加すべき土木建築請負業者に指名することに決定して、町長にその旨を答申し、町長は、その答申どおり実行することに決定して、右八名の業者にその旨を通知した。次で右の入札は、同月二四日町長の管理のもとに、被告人が入札会議長となり、増築委員会委員が立ち会い、右の指名された大伸工業株式会社、河村産業所等合計八名の業者によつて行なわれ、結局において河村産業所が落札した。その後同年五月四日に至つて、弥富町契約条例の定めるところに従い、町議会において、河村産業所との右増築工事請負契約の締結を可決した。

一、右中学校については、昭和三一年から第一期工事をし、昭和三三年から第二期工事をして、それぞれこれを完成したが、その都度、右町長の諮問機関として議会議員の全員と教育委員会委員の全員とをもつて組織する前記と同様の建築委員会を設置し、町長は、同委員会の意見を聴取して、右の各工事を施行した。同町においては、その他の重要な諸工事の施行についても、町議会議員等をもつて組織する右と類似の町長の諮問機関を設けることを慣例としていた。そして叙上の慣例に従つて、本件の中学校第三期工事についても、前記の中学校増築委員会を設置したのであつた。

一、町長が、その事務に属する工事の施行にあたり、叙上のような町議会議員等をもつて組織する諮問機関を設置し、その意見を聴取して工事を施行するという方法を採用して来たのは、工事に関する行政事務執行の民主的運営を計り、その事務執行の完全を期することを目的としたためであることはもちろんであるけれども、後に至つて工事に関し町議会その他の関係諸機関および町民等より非難攻撃を受けることのないようにすることをも目的としたものである。特に町議会が、地方自治法第九六条第九八条ないし第一〇〇条第一〇九条等にもとづき、町長の事務執行につき、決算報告認定、検閲、検査、監査請求、説明請求、意見陳述、調査等の諸種の権限を有するところから、あらかじめ町議会議員に発言の機会を与え、その意見を聴取しておくことが町長の議会対策として適切妥当であつたからである。

という事実を肯認することができる。

そこで弥富町議会議員は、いうまでもなく、刑法上の公務員である。しかし、同町立中学校第三期工事について設置された前記中学校増築委員会が地方自治法第一一〇条弥富町議会委員会条例第四条にもとづく特別委員会でなく、右の中学校増築委員会委員自体または同会委員長自体が刑法上の公務員に該当しないものであつたことは、所論のとおりである。しかるところ、叙上認定の事実関係のもとにおいて、特に前記のような慣例の存在する本件においては、被告人の中学校増築委員会委員および同会委員長としての職務行為は、社会観念上、被告人の同町議会議員の職務と密接な関係を有する行為であつたといわなければならない。

(この場合、被告人が土木常任委員であつたとを問わない。しかし、被告人は、前記のように土木常任委員であつたのであるから、なお更然りである)。そして刑法第一九七条第一項にいわゆる「公務員の職務に関し」とは、「公務員の職務に密接な関係を有する行為に関し」という趣旨を包含していることは、多言を要しない。叙上のとおり解釈しても、決して憲法に違反しないと確信する。したがつて被告人が、大伸工業株式会社取締役吉川吉治より、いずれも後記説示の趣旨にて、前記の昭和三六年四月一二日(入札参加業者指名決定の日)の以前なる同年三月二七日頃現金一万円を収受し、同年四月一二日の以後にして同年四月二四日(入札の日)の以前なる同年四月二〇日頃五万円の小切手一通を収受した以上、被告人は、結局において、公務員たる弥富町議会議員の職務に関し賄賂を各収受したものである。

原判決を精査するに、原判決は、本件の中学校増築委員会が地方自治法第一一〇条弥富町議会委員会条例第四条所定の特別委員会であり右増築委員会の委員ないし委員長が刑法上の公務員にあたるなどとは、決して判示していない。右の点に関する論旨は、原判決が左記のように被告人が弥富町議会議員(それが法令により公務に従事する職員であることは、何人にとつても明白な事柄である)であつた旨を明確に判示しているにもかかわらず、この点を不問に附して、原判決がなんら判示していない事項を徒に論難攻撃しているものにほかならない。原判決は、まず当初に、被告人が昭和三一年三月一日以来弥富町議会議員であつたことを明確に判示している。その議員が刑法上の公務員であるとまでは判示していないけれども、そのことは、自明の事柄であり、原判決が右の議員をもつて刑法上の公務員にあたるとみていることは、判文上明白であり、疑の余地がない。原判決は、次に被告人が同町議会議員として前記の組織職務を有する中学校増築委員会(原判決は、これを弥富中学増築建設委員会と呼んでいる)の委員兼委員長となつてその職務の執行をしていた旨を明記し、更に被告人が原判示第二および第三のとおり現金および小切手を順次収受し、もつてその職務に関して各収賄した旨を記載している。叙上の記載その他の原判決の記載全体を総合して考察すると、原判決は、被告人が、弥富町議会議員の職務と密接な関係のある中学校増築委員会委員長の職務行為に関して、したがつて結局において公務員たる同町議会議員の職務に関して、原判示第二および第三のとおり各収賄をした、という趣旨であることが明らかである。なお、原判決は、本件中学校増築委員会が従来の慣例に従つて設置されたという趣旨を判示していないけれども、原判決引用の証拠によつて、その事実を肯認し得ること、前記説示のとおりであるから、原判決は、右趣旨の見解であるとみるべきである(本件増築委員会は、前記のように、弥富町における従来の慣例に従つて設置されたことが明白である。しかし、仮に同町に従来そのような慣例がなく中学校第三期工事についてはじめて右委員会が設置されたとしても、被告人の右委員会委員兼委員長としての職務行為は、前記のとおり、被告人の町議会議員としての職務と密接な関係を有する行為であつたと解してよいであろう。けだし、はじめてそのような委員会が設けられた場合とその第一回目の慣例に従つて第二回目に同様の委員会が設けられた場合とによつて特段の差異を認めるべき根拠に乏しいように思われるからである)。

次に原判決がその第二および第三の各事実の認定資料に供した各証拠を総合すると、被告人に関する原判示第二および第三の各事実を認定するに十分である。その各事実を要約すると、被告人は、大伸工業株式会社取締役吉川吉治から、昭和三六年三月二七日頃同会社が前記中学校増築工事請負競争入札に参加すべき業者に指名されるように有利かつ便宜の取り計らいをなされたい旨を依頼されかつその行為の報酬とする趣旨のもとに現金一万円を収受し、更に同年四月二〇日頃右会社が競争入札に参加すべき業者に指名されたことの報酬とすると共に、競争入札にあたり事前に入札価格等を右会社係員に秘かに通知する等の有利かつ便宜の取り計らいをなされたい旨を依頼されかつその行為の報酬とする趣旨のもとに五万円の小切手一通を収受したのである。

以上のとおりであるから、被告人が前記のように現金および小切手を収受した各所為は、いずれも刑法第一九七条第一項前段の収賄罪に該当することが明らかである。

原判決に判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤ないし事実の誤認はなく、控訴趣意はすべて理由がない。

右のとおりであつて、本件控訴は理由がないので、刑訴法第二九六条により、これを棄却すべく、主文のとおり判決をする。(裁判長裁判官影山正雄 裁判官吉田彰 村上悦雄)

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